今週の一枚 マルーン5 『レッド・ピル・ブルース』

今週の一枚 マルーン5 『レッド・ピル・ブルース』

マルーン5
『レッド・ピル・ブルース』
11月1日 日本先行リリース

3年振りとなるマルーン5の新作は、そのポップなサウンドとアレンジ、さらにしっかりロックらしさを残したソングライティングとその魅力のすべてが健在だが、まず今回驚かされるのはその客演の多さ。

これまでソングライターとして活躍し、ソロ・シングル“Issues”が今年大ブレイクしたジュリア・マイケルズ、オルタナティブR&Bの旗手ともいえるSZA(シィザ)、プロデューサーやソングライターとして活躍し“Bills”のヒットで有名なランチマネー・ルイス、10年代を代表するMCのひとりでもあるエイサップ・ロッキーなどその実力が高く評価されているアーティストが目白押しとなっている。

Maroon 5, Julia Michaels - Help Me Out ft. Julia Michaels

これまでもマルーン5はクリスティーナ・アギレラ(“Moves Like Jagger”)、あるいはリアーナ(“If I Never See Your Face Again”)などとの共演も果たしてきてはいるが、どれもアルバムにつきシングル1枚程度の試みだった。どうしてそこまで抑えられていたかといえば、フューチャリング・ゲスト出演というのはあまりロックらしからぬ仕掛けだったからだろう。

しかし、今回これほどゲスト出演が増えることになったきっかけは、間違いなく昨年リリースしたシングル“Don’t Wanna Know”にケンドリック・ラマーをゲストとして迎えたことにあるはずだ。これまで迎えたとしてもR&Bボーカリストだったゲストが、目下のところヒップホップ最高峰のラッパーをついにゲストに迎えたことで、もはや禁じ手なしということになったのだろう。

Maroon 5 - Don't Wanna Know ft. Kendrick Lamar

さらに今年に入ってリリースされたシングル“Cold”はヒップホップの若手MCの筆頭格といってもいいフューチャーがさらにゲスト出演を果たすまでになっているだけでなく、どちらの曲においてもラッパーとしての役割もあまりにも重要なのだ。
というのも、“Don’t Wanna Know”と“Cold”はともに楽曲とアダム・レヴィーンのボーカル・パフォーマンスそのものは完璧なまでに完成度の高いポップ・チューンとして仕上がっているため、ケンドリックとフューチャーのラップ・パフォーマンスの方がむしろこの両曲にロックとしてのエッジをもたらす要素になっているのだ。

この両曲はどちらも今回の新作『レッド・ピル・ブルース』の先行シングルとして当初はリリースされ、特に“Don’t Wanna Know”などは各国でプラチナ・セールスまで記録する大ヒット・シングルとなっている。しかし、デラックス・エディションには収録されているものの、アルバム本編からは外されてボーナス・トラック扱いとなっている。それはどうしてなのか。その理由こそまさにこの新作のテーマそのものなのだ。

Maroon 5 - Cold ft. Future

では、この2曲と『レッド・ピル・ブルース』の違いはなにか。この新作をぱっと聴いただけでは、なんの違いもないようにも思える。はっきり言ってアダムの天才的なポップ・ソングライティングがまた確認できるだけのことにしか思えないかもしれない。

しかし、聴き進んでいくうちにわかってくるのは、今度のアルバムの楽曲は強烈なグルーヴ感によって貫かれており、サウンドの触感や質感はこれまで通りエレクトロ・ポップ感の強いところもありながらも、基本的にこのアルバムの楽曲はどれもバンド・アンサンブルとして作られているのだ。

それは“Moves Like Jagger”以来続いてきた、エレクトロ・ポップやダンス・ポップのプロデューサーとのコラボレーション期が『オーヴァーエクスポーズド』『Ⅴ』を経て“Don’t Wanna Know”、“Cold”を経てついに終わったということだ。

Maroon 5 - Moves Like Jagger ft. Christina Aguilera (『ハンズ・オール・オーヴァー』より)

しかし、このシングル2曲で実現させた「なんでもありなゲスト・フューチャリング」はそのまま引き継いでいる。しかもバンド・アンサンブルに戻ってみると、バンドそのものが強靭なR&B性も勝ち得ている。そのため、このゲスト出演がどこまでも自然な演出として、つまりロック・バンドが無理してやっているというものとはまるで違うものとして鳴っているのだ。

もともとマルーン5は1stの『ソングス・アバウト・ジェーン』以来、どこまでもファンクとグルーヴをバンド・パフォーマンスの要にしてきたバンドだが、しかし、バンドのアイデンティティは常にロックとポップに置いてきたというかなり特異なアプローチを取ってきた。
そもそも実験的なアプローチを試みていく体質のバンドでもないので、バンドがコンテンポラリーなエッジを保っていくにはこの二股をかけたアプローチがどうしても必要だったのだ。

しかし、そんなマルーン5がある意味ではバンド・アンサンブルを放棄までして実験的にポップ・サウンドに取り組んだのが“Moves Like Jagger”から“Cold”までの、このバンドにおけるエレクトロ・ポップ期としての試みだったのだ。

ただ、“Don’t Wanna Know”と“Cold”が当初『レッド・ピル・ブルース』からのシングルとして位置づけられていたのは歌詞的なテーマが新作と繋がるものになっていたからだ。つまり、人間関係の破局から見えてくる現実をみつめた楽曲群が今度のアルバムの軸となっているのだ。「レッド・ピル」とは映画『マトリックス』に登場した錠剤にちなんだもので、「現実を突きつけられること」の比喩で、そうした楽曲が軸となっているアルバムだからこそ『レッド・ピル・ブルース』なのだ。

Maroon 5 - What Lovers Do ft. SZA

そんなアルバムの中でも気持ちが相手によろめいていく心境を歌い上げ、アルバムの中でも明るい曲である“What Lovers Do”はこのアルバムにおけるバンド・アンサンブルのみならず、楽曲やボーカル・パフォーマンスとしての総合的なグルーヴ感を体現するまさにマルーン5の真骨頂となった楽曲になっていて、SZA(シィザ)との共演も素晴らしい。もともとこの曲は8月にシングル・リリースされていたわけだが、ここが新章の始まりであるのは音として歴然としている。

ランチマネー・ルイスやエイサップ・ロッキーとの共演となった“Who I Am”や“Whiskey”などもパフォーマンスやサウンドの完成度も高く、“Don’t Wanna Know”のケンドリックの客演に感じる唐突さというか、あからさまな客演感とも無縁なものになっているのが印象的だ。

Maroon 5 - Whiskey ft. A$AP Rocky

このアルバムはロバート・ジョン・“マット”・ラングをプロデューサーに迎えた3rd『ハンズ・オール・オーヴァー』以来となる、バンド・アンサンブルへの原点回帰作ともなっているわけだが、こうなってみるともはやロック・バンドというよりは、ジャンル不問のR&Bバンドへと成長していたことが感慨深い。(高見展)
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