サカナクション・山口一郎、約6年ぶりの新作アルバム『834.194』までの長い物語を語る

サカナクション・山口一郎、約6年ぶりの新作アルバム『834.194』までの長い物語を語る

“新宝島”でサカナクションとしてのポップスみたいなもの、外に向かうっていうことにもう1回チャレンジしてみようと思った


――約6年ぶりのアルバム、実際完成させてみてどんな感慨を持っていますか?

「今までのアルバムの作り方と全然違ったので……登山に近いというか。明日には山頂にたどり着くかなと思ったら、吹雪が来てここでもう1回キャンプしないとダメになったとか、ちょっと雪が積もってきたから何合か下がらなきゃダメになったとか、そういうことを繰り返してやっと山頂にたどり着いたなっていう感覚ですね。でも今までだったら、終わったらもうちょっと休みたいとか、少し充電しなきゃなって思ったんですけど『また次の山に行かなきゃな』っていう気持ちになってるのはちょっと違うかな」

――辿り着くべき山頂というのは最初から見えていたんですか?

「前作『sakanaction』を出した時に『セールス20万枚、アリーナをソールドアウトする』っていう目標を持って、それを達成するにはどうしたらいいのかっていうロジックを組み立てながらアルバムを作ったんです。で、それを達成できたんですよ。でもサカナクションの5人って、そもそもたくさんの人に音楽を届けたいっていうつもりで始めたバンドじゃなかったから。紅白に出た時とかも、普通だったら喜べることなんですけど、なんかここじゃない感というか、こういうことを目的にバンド始めたはずじゃないのにっていう気持ちがあったんですよ。それで、これ以上外に向かって露出しながら音楽やるのは無理だっていうことをあの時に感じたんですよね。なので次にアルバムを作る時は、そういうところからドロップアウトするアルバムを作んなきゃいけないなって思ってたんです。でも今たどり着いた山はその山じゃなかった(笑)」

――シングルの『グッドバイ/ユリイカ』や『さよならはエモーション/蓮の花』とかの頃ってまさにそうやって内側に向かっていたわけですよね。でも『新宝島』(映画『バクマン。』の主題歌)でもう一度開けていったじゃないですか。今にして思うと、あのプロジェクトが大きかったのかなと思うんですが。

「あの両A面シングル2枚は、メジャーシーンっていうか、まあエンターテインメントと音楽を融合していくシーンの中でトップランナーで走っていくっていうことからドロップアウトするために作って。やっぱりセールスが伸びなかったんですよ。対外的な見え方としては、1回僕ら露出してただけに――露出がなくなるといなくなったと思われるんですよね。それにすごく怯えたんですよ。じゃあこの先、今の状態を維持しながら広げていくにはどうしたらいいのかって難しい課題にぶつかっていた時に、大根仁監督と川村元気さんから『バクマン。』っていう映画のサウンドトラック全部やってほしいというお話をいただいたんですね。そこでまた違った形でお客さんと向き合うチャンスをいただけて、サカナクションとしてのポップスみたいなものだったり、外に向かうっていうことにもう1回チャレンジしてみようと思ったんです」

どこにも自分のホームはないって迷ってたけど、ある種その揺れみたいなものが自分たちのコンセプトになっていった


――今作の“陽炎”あたりを聴いてると、やっぱり“新宝島”があったから生まれたんだろうなって思います。サカナクションのポップな部分をちゃんとアップデートできたというか。

「うん。ユーミン(松任谷由実)さんにラジオに呼んでいただいた時に、今思えば恐れ多いんですけど、僕『ポップス作ってみたいんですよ』ってユーミンさんに言ったんです(笑)。そしたら『あなたたちもうポップス作ってるじゃないの』って言われて。そう言われて嬉しかったんですよ。だからなんで僕らはもうポップス作ってるっておっしゃるんですかって訊いたら『本当のポップスっていうのは、5年後に評価されるものなのよ』って言われて。今横並びにいる人たちに向かって受け入れられるものを作ってもポップスじゃないし、20年後30年後に評価されるものを作ってもポップスじゃない。5年後に評価されるものを作った人が本当のポップミュージシャンなのよ、みたいな。僕もその感覚は常に持ってて。手が届く一歩先のものを作りたい、同じじゃなく、未来のじゃなく、遥か遠くじゃなくっていう。この感覚で間違いないんだっていうのを、ユーミンさんのその言葉をもらったことで感じられましたね」

――結果として、“新宝島”はサカナクションの新たな代表曲になりました。

「うん。“新宝島”をどうしても作らなきゃいけないって覚悟を決めた時に、これは思いっきり外に開いた曲になると。広げるんだと。で、作って、広がって、またたくさんの人が入ってきた。今まではちょっとずつ目標を積み重ねてきたのに、『sakanaction』でそれまでは1枚ずつ積み上げてきたものが一気に10枚ぐらい積み重なってバランス崩してたから、またそれと同じ現象になったら意味がないって思ったんですよ。だからあえてこういう曲を自分で外に向けて作るなら、広がった人たちを連れて行く場所がなきゃいけないと。それで 『NF』(サカナクション主催のクラブイベント)をやり始めたんですよね。音楽に興味を持っている健全な若者たちに、サカナクションを巣立ってもらって他のものに興味を持ってもらうような空間。僕らにはバンドとしての大義が結成時からあって。美しくて難しい音楽を音楽にさほど興味ない健全な若者たちにどう通訳するかっていうことをコンセプトに音楽作ってきたんです。それがいつのまにか大きくなったことでうやむやになってたんですね。そのうやむやになっていることに対して自分たちで悩んで苦しんできたから、ちゃんとゴールというか、入り口があって出口があってっていう、それを作るっていうのが『NF』を立ち上げた大きな理由で。それを始めたことで、今回のアルバムの芯というか核ができたなと思います」

――確かに今回のアルバムってすごく「NF」的ですよね。2枚組で、マジョリティな部分もマイノリティな部分もちゃんと表現している。そうすることで初めて、今のサカナクションの全体像をかたちにできたのかなと思います。

「何がマジョリティで何がマイノリティかっていうのって議論の対象になると思うんですけど、でもそれはまあ僕らの中のライン引きでいいと思うんですよ。ある種ホームがないというか、僕は北海道出身ですけど、北海道から東京に出てくる時には北海道の仲間から魂売ったなって言われたし、でも東京に飛び込んでみたら全然自分がやってきたことが評価されない場所だったし。なんかどこにも自分のホームはないっていうグラグラした感じに迷ってたけど、ある種その揺れみたいなものが自分たちのコンセプトになっていって。でもサカナクションがなんか主流になり始めて『全然マジョリティじゃん』みたいな。そこに苦しんで“グッドバイ”みたいなものを作ったり、また外に向かって“新宝島”を作ったり。そういうのがこの『834.194』の流れなのかもしれない」

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